胸懐<前編> 

原作寄り



白友るる様とのコラボ作品♪
と、いう名のただの挿し絵参加ですが('ω')


素敵SSいただいちゃったので是非!















「暫く忙しくなるからこっちには来れないんだけど・・・ごめんね」
しょんぼりと黎翔が言ったのは数日前の夜の事。
「大丈夫ですよ!私の事は気にせず陛下はお仕事頑張ってきてください!」
いつも気に掛けてくれる黎翔に自分の事で負担になって欲しくない。そう思う夕鈴は元気に小犬を激励する。
力強く握り拳を胸の前で作る夕鈴に、黎翔は少し寂しそうに笑いながら「ありがとう」と言った。




翌日から夕鈴は掃除バイトに精を出す事になる。
李順から、妃教育用の資料と共に「ある程度政務が落ち着くまで来るな」と文が届いたからだ。
夕鈴自身は政務の邪魔をしないが、いれば黎翔が何かと構う。そしてその度に政務の手が止まり、下手をするとそのまま休憩に傾れ込む。
ある程度までの忙しさなら夕鈴が政務室に居た方が効率が良いが、黎翔が王宮に篭りきりになる程になると逆にいない方が効率が良い。
政務室での夕鈴に気を取られて集中しきれないからだ。
黎翔の執着に苦虫を噛み潰す思いだが、上手く使えば我侭な黎翔に仕事を促す餌にもなる。
(有能な側近としてこれ位きちんと処理してみせますとも!)
不機嫌全開の黎翔と目の前をふらふらと走り回る官吏を見ながら、李順は頭の中で刻々と予定を組み替えていた。
(今の状態で政務を進めて行けば粗方片付くのに五日は必要ですか)
以前にも増して夕鈴に入れ込んでいる主に次の書簡を渡しながら心の中で溜息をつく。
(何回か餌を与えないと最後まで陛下のご機嫌も官吏ももたなそうですね)
黎翔に怒鳴り散らされ青褪める官吏を前に、李順は更に予定を組み替えていった。
王と妃の時間を作り出す為に。




後日。後宮立入禁止区域。

「あ。また蝋燭がそのままになってる」
その日掃除しようとしていた部屋に入ると、当時のままの使いかけた蝋燭が放置されていた。

蝋燭は明かりが一定で、書物を読んだりするには最適だ。だが庶民からするとまだ高級品であり通常は油を使う。
油はどうしてもちらつきがあり目にも良くないのだが家計が常に苦しい汀家では普段から使われていた。
しかし王宮では当たり前のように蝋燭を使う。ただの消耗品扱いだ。
国王陛下が住まう場所なので当たり前と言われれば当たり前なのだが、夕鈴からすればもったいない。

(この蝋燭どうするんだろう・・・捨てちゃうのかな)
夕鈴はかなり初期の段階で自分と王宮にいる人間との金銭感覚の違いに気付いていた。
桁もさることながら、物の扱いがそもそも違う。
庶民が大切に修繕し、作り直して使う物でも容易に捨ててしまうのだ。
国一番の高貴なお方が住まう場所なのだからそれも仕方ないのかもしれないと諦めつつ、夕鈴には簡単に捨てられない物がいくつもあった。
そしてそれらは掃除をしていても目に付いて、一室に集めて取ってある。
(ちゃんと老師に見てもらわないとって思ってたし、今日こそ見てもらおう)
そう思い蝋燭の汚れを軽く払った時。
「なんじゃ、来ておったのか」
頃合良く現れたのは後宮管理人であった。
相も変わらずお菓子をぼりぼりと食い散らかしている。
夕鈴は溜息をつきつつ、掃除前だった事に安堵した。
「老師、丁度いい所に。前から言ってた処分に困る物、そろそろちゃんと選別してくださいよ。大分溜まってきました」
「・・・はて、そんな事言われておったかのう」
「な・ん・か・い・も!言ってますよ!」
すっとぼける張元に青筋を立てながら、夕鈴は物置部屋と化しかけた部屋に引き摺って行った。

「随分溜め込みおったのう」
(老師が見てくれないからこんなに溜まったんです!!)
悪びれもなく言う張元に、夕鈴の青筋が一本追加される。

一方整頓され種類別に出来た小山を無造作に見極めながら、張元は感心していた。
(完璧とは言えんが、大分目が肥えてきたようじゃの。処分するしかない物、売れそうな物、価値がある物、しっかり分別されておるわい)

どんなに黎翔が釘を刺そうと否定しようと、張元は夕鈴がいずれ本当の妃になる事を望んでいた。
ただの執着ならばこれほど思い遣る必要はない。
黎翔の押しの強さは周りに仕える者ならば誰でも知っているのだ。
しかもその気になれば鶴の一声で女一人など簡単に手に入る。
その主がじれったい程に大切に守り傍に置きたがる。そんな人間は今まで存在しなかった。
だからこそ黎翔の本気を感じる。

(本物にと望まれても庶民出の娘には色々荷が重かろう。今のうちから少しづつ知識を与えるのも管理人の仕事じゃて)
内心したり顔の張元が一通り見終わる頃、夕鈴が前掛けから蝋燭を取り出した。
「なんじゃ、そんな物まで取っておいたのか?」
「え、だってまだ使えますよ?もったいないじゃないですか」
「・・・お前さん、ここが何処か忘れておらんか?国王陛下のお住まいじゃぞ」
「それ位解ってます」
「陛下にそんな古い物を使わせる気か?」
「や、別に陛下が使わなくったって私とかが使う分には何も問題ないですよね」
「侍女が新しい物を使っているのに妃のお前さんが使い古しを?・・・判っとるのか。陛下に御正妃様がいない今、お前さんは表向きこの国で第一位の女人なんじゃぞ?」
「うっ、は、はい」

夕鈴の倹約振りは決して悪いものではないが、妃としては少々行き過ぎである。
本人は庶民的な立場から言っているので無理もない。
しかし後宮管理人としてその全てを容認はできないと張元は思っていた。
下町の常識と王宮の常識。その差をしっかりと覚えこませなければならない。

「じゃあこの蝋燭、捨てちゃうんですか?」
小さくなった物から使い始めてすぐそのままになった物まで様々な蝋燭の山を見ながら、夕鈴は心底もったいなさそうに言った。
「処分するか、専用の引取業者に二束三文で売り払うかだのう」
(二束三文。普通にまだ使える蝋燭が?)

下町では小さくなった物や溶け落ちた塊の中でも大きい物を溜めておく。
ある程度溜まると溶かし、形を整えて使うのだ。
汚れを落としたりしないので見栄えは悪いが、ここにある蝋燭は元々が品がいい。綺麗にすれば新品と変わらないものが作れる筈だ。
投売り状態で業者に引き渡すより余程有益だと思えた。

「・・・これ、作り直して使ったら駄目ですか?」
「作り直す?」
「はい。よくやりますよ」
きょとんとする張元に説明をする。話を聞いているうちに妃の行動としてあまり賛成できないと考えていた張元だが、
「それに―――今、陛下がお忙しくて夜暇ですし、丁度いいです」
そう言ってしょんぼり俯く夕鈴を見て納得した。
(そうか。この娘も寂しいのか)

王宮での黎翔の不機嫌な様子は浩大を通して聞いていた。
更に言えば黎翔から暫く忙しくなるから夕鈴をよく見ておくようにとの伝言まで受けている。
夕鈴が心配で仕方がないのだろう。

蝋燭を作り直すには、溶かす為に湯を使う。
要するに下手をすれば火傷の危険があるという事だ。
日頃から夕鈴に傷ひとつ付くのも嫌がる王を思い出せば本当は許可したくない。
だが時間が余るからと言って掃除のバイトをし始めた夕鈴が、後宮で上手く時間を潰せないのも知っていた。

「・・・いいじゃろう。その蝋燭は全部お前さんにあげよう」
「本当ですか!?」
ぱっと目を輝かせる夕鈴の様子に、張元は内心仕方がないと溜息をつく。
(怪我もさることながら、元気がないのも陛下は嫌がる。全く困ったもんじゃ)

「ただし、その汚れた蝋燭をそのまま妃の部屋へ持ち込むわけにもいかんじゃろう」
「あ、そうですよね。ここで綺麗にしてから持って行かないと」
「それに使い古しの状態で持って行くのも少々まずい。どうせある程度細かく砕くんじゃ、そこまでここでやっていったらどうじゃ」
「すぐに溶かして作れる状態にしてからって事ですか。・・・そうですね、そうします」
「結構な数じゃ。数日はその作業に取られるじゃろうて。―――作るなら趣良く色を付けたりしてみてはどうじゃ?どうせここにある物をある程度売り払う為に業者が来る。染料をいくつか仕入れておいてやろうかの」
そこまで聞いた夕鈴は、驚いた顔で「何か悪い物でも食べたんですか?」と失礼な事を言い出した。
親切すぎて気味が悪い、と。
「お前さん、わしを何だと思っとるんじゃー!」
両手を振り上げて怒る張元の姿に夕鈴は軽く吹き出しながら礼を言った。
(誤って怪我をさせないよう充分気を付けなければ、わしの命が危ないかもしれん)
ぷりぷりと夕鈴に文句を言いながら、張元は嫌な汗を掻いていた。




夜。定期報告の為に浩大が執務室に現れると、黎翔は書簡から目を離さずに一言言った。
「―――夕鈴は」
「毎日元気に掃除してるよ~。今日は蝋燭を綺麗にしてたよ」
「蝋燭?」
「後宮の至る所に放置されてた蝋燭をさ、お妃ちゃんが『もったいない~!』って言い出してね~。じーちゃんの許可もらって作り直すって張り切って綺麗にしてたよ」
「そんな物・・・夕鈴らしいが、彼女がする必要はない」
「いいじゃんそれ位。お妃ちゃんも陛下がいなくて寂しいんだぜ~」

『寂しい』。
その言葉に黎翔の筆が止まる。

王宮では夕鈴の知り合いと呼べる者は数が限られている。
しかも夜はと言えば妃の立場上、黎翔以外の男が会いに行くのは憚られるのだ。
実際には浩大が護衛として付いているが、夕鈴は常に警護されているのを知らない。
だからだ。それだけの事だ。
そう自分を諌めつつも嬉しい気持ちと夕鈴に会いたい思いが募る。
もう何日会っていないのだろうか。
政務に忙殺されながらも頭の何処かに夕鈴が住み着いている。
あの無邪気な笑顔が見たい。透き通るようで優しい声が聞きたい。
怒った様も、拗ねた仕草も、全て自分の手で守りたい。
甘やかしてどろどろに溶かして縛り付けてしまいたい。
―――今にも溢れそうな想いを必死に押さえつける。

「・・・だが、蠟を溶かすのに火を使うだろう」
「あー、それはじーちゃんも心配してたんだよね。湯を使うと思うけど・・・準備に二、三日かかるから、それまでに陛下なんとかなんない?」
「二、三日か・・・」
黎翔が政務の日程を素早く計算し始めた時、李順が書簡を抱え戻ってきた。
浩大の姿と、黎翔の手が止まっている様子に溜息をつきつつ大凡の状況を判断する。
「李順、後何日で仕事の方が付く?」
「・・・陛下の集中力次第ですが、三日あればなんとか」
「浩大」
「りょーかい!上手く茶々入れて三日後まで準備を延ばしとくよ」
その言葉と共に執務室を出て行く浩大を見ると、早速黎翔は仕事に集中し始める。
(何か餌をと考えていましたが、今回は必要なかったようですね)
後は官吏がどこまで耐えられるかが問題だと、李順はまたこっそり溜息をついた。

胸懐前



翌日から夕鈴は早めに掃除を切り上げて蝋燭の汚れを取る作業に専念した。
ひとつひとつ丁寧に埃を払い、それでも残った汚れは箆で削り取り、ある程度まで小さく砕き一まとめにしておく。
本当は小型の短剣があると早いのだが、それは老師と、いつの間にか現れる浩大に駄目出しをされた。

「後宮に簡単に刃物を持ち込ませられん」
そう言われれば納得するしかない。

「お妃ちゃんに怪我されたら俺達の命が危ないよ」
「そうじゃ。陛下に何をされるか―――」
二人で手を取り合い震える様子に、また大袈裟な事をと思う。
茶々を入れるだけで手伝う気のない二人は放置して、夕鈴は黙々と材料作りに励んだ。

黎翔が仕事で忙しい時に来ないのは過去何度もあった。
だが暫くの間、政務が立込んでも合間を縫って休憩を共にしたり顔を見に来たりと、ほぼ毎日会っていた。

―――ただの演技だ。唯一の妃を愛する、甘い演技。
そう自分を戒める。
優しく気遣い、甘やかそうとする。他の人には見せない一面も自分には見せてくれる。
でも、それは特別な事ではない。元々は優しい人だ。
今は表せないだけで、いずれ世が安定すれば温和な性格も出せるようになる。
だから、解っている。自分が殊更大切にされているのではないと。
夕鈴は恋心を自覚してからというもの、毎日のように自分に言い聞かせていた。
相手からの想いを期待してはいけない。未来を夢見てはいけない。
想い人は一国の王だ。
それでも、黎翔を想う心は日々膨らんでゆく。
ならば、せめて役に立ちたい。
人の善意を頭から信じる事が出来なくなってしまった殺伐とした環境の中、少しでも和んでもらえるなら。
政務に追われ、疲れた時に少しでも癒されてくれたら。
演技にたじろぎ、その行動に戸惑い、いつも困らせる人。でも、大切な大切な、大好きな人。
黎翔が笑っていられる時間が少しでも増えるように、安心していられる時間が少しでも増えるように、出来ることがあるなら。
そこまで考えた夕鈴は、小さく溜息をついた。
(役に立ってるとは言い難いけど、今は大人しく待ってるのが一番陛下の為になるのよね)
それが解っているからこそ、寂しいと思ってはいけない。
夕鈴は気を取り直すと、元気に蠟を砕き始めた。




→後編へ続く




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