SNS7000hit御礼その2 

原作寄り
夕鈴、黎翔



SNSで7000Hitお礼にて承ったリクエスト その2



ご自身のSSの挿し絵を!
という事で描かせて頂きました。



ついでにSS頂いてきました(*^▽^*)



るる様ありがとうございます!








あ、長いですよ!






【原作寄り】【黎翔×夕鈴】【キャラ崩壊】



 =   庇護   =


夜、いつものように夕鈴を訪ねる。
冬もすっかり深まり、日が落ちれば気温の変化に強い僕でも流石に肌寒い。
時期的に政務も忙しく心の中まで寒風が吹き荒れているようだ。
だから、今日も温かい夕鈴の笑顔が見たい。
彼女が笑っていてくれれば、僕に怖いものなど何もなかった。

「妃よ、今戻った」
「お帰りなさいませ」
夕鈴の室に入って行けば思い描いた通りの嬉しそうな笑顔に迎えられる。
日を追う毎に愛らしくなる君に、膨らむ想いが止まらない。
夕鈴の笑顔に促されるように僕も微笑むと、髪を一房掬い口付けを落とす。
外から戻ったばかりの冷え切った手で夕鈴の肌に触れるのは躊躇われたから。
やんわりと抱きしめれば衣越しにも伝わってくる温もりに、寒さで強張った体が解れて行くのが心地よい。
恥ずかしそうに染まる頬に口付けを落としながら僕は人払いをした。

侍女らが下がると、夕鈴はお茶を淹れに離れてゆく。
僕はすっかり定位置になった長椅子へ座りその様子を眺めていた。
その間にも彼女が隠し切れない笑みを零すのを見つけて自然と顔が綻ぶ。
何かあったのだろうか。

夕鈴はお喋りと言う程ではないが、年頃の娘並みには話が好きだ。
だから僕が乞えばその日の出来事も喜んで聞かせてくれる。
そして感情が豊かで素直な分、顔にも出易い。
先刻の様子を見れば、何か楽しい事があったのだろうと簡単に予想できた。
僕が一緒にいられない時間に彼女が楽しく過ごしてくれるのは嬉しい。

笑顔で茶杯を差し出す夕鈴を隣に座らせる。
お茶を一口飲めば温かさがじわりと体中に広がっていく。
「夕鈴、何かいいことあった?」
笑いながら問うと、少し慌てた夕鈴の頬が染まっていった。
「えっ、私、変ですか?」
「変じゃないよ。でも楽しそうに見えたから、何かあったのかと思って」
夕鈴の髪を軽く梳きながら言うと、隠し事を見つけられた子供のようにもじもじとするその様子が可愛らしくて笑みが深まる。
君が楽しそうにしているだけでこんなにも嬉しい。
怒っている顔も、拗ねている顔も、泣いている顔も好きだけど、やはり笑っている夕鈴が一番いい。

「実は掃除の時に使う水場で、同じ位の年の人と少し話をするようになって」
話し始めた夕鈴の言葉に、僅かに目を細める。
僕からすれば、夕鈴が雇われの妃で掃除婦のバイトまでしている事はどこにも漏れて欲しくない。
だから、親しい人間を作られるのはあまり賛同できなかった。
しかも僕が知らない人間など―――
だが夕鈴が楽しそうにしているのに水を差すのも嫌だったし、簡単に悟られるような行動は取らないだろうとも思えた。
彼女は確かに素直で顔に出易いが、真面目で仕事熱心でもあるのだから。
「その人も下町の出らしいんです。最近移動で来た下女さんみたいなんですけど、なんだか友達と話をしているみたいで楽しくて」
そう言って見上げてきた夕鈴は、僕が黙り込んでしまったのが気に掛かったのか不安そうな顔になってゆく。
「・・・えっと・・・もしかして、まずいですか?」

まずいわけではない。相手の娘次第だ。
何も思惑がなく、ただ夕鈴と気が合うなら構わないだろう。
彼女は後宮で友人と呼べる人間はいない。
窮屈な生活の中、夕鈴が楽しく過ごせるなら異を唱えるであろう李順くらいは抑えてもいい。
少しその娘を調べさせてみようか。

「ううん、まずくはないよ。でも、水場で話なんかしてたらもう寒いんじゃないの?」
にっこり笑って言うと、夕鈴はほっと息をついて笑顔を見せてくれた。
「大丈夫ですよ!老師が心配性なのでたくさん着込んでるんです」
「そっか。最近天気も良くないし風邪はひかないようにしてね」
軽くぽんぽんと頭を叩くと、夕鈴はきりっとした顔で言い返してきた。
「それはこっちの台詞ですよ!もう随分寒いんですから、陛下の方こそお体に気をつけてください」
僕が心配していたのに逆に言われてしまって、ついくすりと笑いが漏れる。
「もうっ!笑い事じゃないですよ!?陛下が体調を崩されたら大変なんですから!」
「うん、ありがとう。でも僕は寒いの苦手じゃないし大丈夫だよ」
元々の体力が夕鈴とは違うし、鍛え方も違う。
自分がそう簡単に怪我や病に悩まされるとは考え難い。
「でも夜はもう随分寒いでしょう?いつもいらっしゃった時、衣が冷たくなってますし」
心配そうに袖を握る夕鈴の手を取り、自分の頬に当てる。
何度大丈夫だと、君こそが心配なのだと言ってもなかなか夕鈴には伝わらない。
僕の為に不安そうな顔はして欲しくないのに。
「でもここに来れば夕鈴が温かいから本当に大丈夫だよ。だから寒いのもそんなに悪くない」
「わっ、私なんかで良ければいくらでも温めますよっ」
頬を染め恥ずかしそうに視線を逸らす夕鈴に一瞬固まる。
―――どれだけ誤解を招く言い方をしているのか自覚がなさすぎるのも考えものだ。
君に言われたのでなければ、挑発されているとしか思えない。
僕は軽く溜息をつくと、自分の心を逸らす為に話題を変えた。

「今度、天気がいい日に星を見ようか」
「星ですか?」
急に言い出した僕に、夕鈴は不思議そうに首を傾げる。
「うん。空気も澄んでて綺麗に見える時期だから、君と一緒に見たい」
夕鈴と出会う前なら、楽しむ為に夜空を見上げようとは思いもしなかった。
知識として必要だから。
情報を得る為に必要だから。
それ以外で星を見た記憶はない。
でも、今は違う。
綺麗なものを素直に受け入れられる君と一緒なら、きっと僕の目にも同じように綺麗に映るだろう。
夕鈴の見る美しい景色を、僕も感じたかった。
「それこそたくさん着込んで行かないと寒いですね。でも楽しみです」
こんな些細な事に、嬉しそうに笑ってくれる夕鈴に感化される。

君が笑顔を向けてくれるなら、僕は何も怖いものなどない。
君がここで、僕の隣で笑っていてくれるなら、どんな代償でも払おう。
君の笑顔は、僕にとってかけがいのないものだ。
だから、どうか笑っていて。

「約束だよ」
にっこり笑いながら、僕は夕鈴にそう言った。




自室へ戻る為に回廊を歩いていた僕は、僅かな気配に目を向ける。
「―――夕鈴が話していた下女というのは?」
「あ~・・・三日くらい前から掃除の合間に話してる娘かな」
屋根から降りてきた浩大はのんびり答えながら頭の後ろで手を組んだ。
「調べさせる?一応王宮で働いてるんだから身元は確かだと思うけど」

今回は身元が確かでもあまり意味はない。その娘の人柄と背後に何か思惑がないかの方が重要だ。
ただの下女なら妃を貶めるような陰謀に巻き込まれているとも思えないが―――
優しい夕鈴の事だ、万が一その下女に何かあれば悲しむだろう。
自分に非がなくても相手の不幸を見過ごせないのも判りきってる。それが親しい相手なら尚更。
何もないなら良い。
だが僅かでも不穏な動きがあるのなら、早めに対処しなければならない。その為にはまず現状を知るべきだろう。
「急ぎ調べさせろ。特に身近な人間に裏がないか重点的にだ」
僅かに眉を顰め冷たく言うと、「は~い」と答えた浩大はそのまま音もなく消えていった。

自室へ向かう足を止め、雲の合間からぼんやりと覗く月を眺める。
下町出の娘だと夕鈴は言っていた。
ならば商家の娘辺りが礼儀作法を覚える為にでも下女として入ったのだろう。
―――夕鈴の、楽しそうな様子を思い出す。
僕以外の人間があんなに可愛らしい顔をさせたのかと思えば少々面白くない。
本当なら自分が夕鈴の笑顔を引き出したいのだ。
そして隣で笑っていて欲しい。
だが現実には、僕は常に夕鈴の傍にはいられない。
知らない所で何かあっても、すぐに庇うことも守ることもできないのだ。
だから僕の目が届きにくいときに夕鈴が楽しく過ごしてくれるのは、少し寂しく、でも安心できた。

庶民出の彼女が生きるには、ここはさぞかし窮屈で退屈な場所だろう。
働き者の夕鈴が存分に体を動かす事もできず、素直な性格は王宮にはそぐわない。
いつ言葉尻を捕らえ失墜させられるかも判らない腐った世界だ。
堅苦しく、のびのびと育ってきたであろう彼女には相応しくない。
それでも手放せない。手放したくない。
だからせめて、夕鈴がこの生活を嫌わないでくれたら。
少しでも楽しんでくれたら。
僕の隣で、笑っていてくれたら。

「僕が必ず護るから・・・笑っていて―――夕鈴」
僕は祈るように呟いた。




翌日、政務の合間に立入禁止区域に向かう。
官吏には一刻ほどは終らないだけの仕事を回してきた。
李順もその采配で手一杯の筈だ。
抜け出す僕にいい顔はしなかったが、文句を言っても聞かないのは判っているだろうし、あのまま進めても周りがついて来れない。

昨日夕鈴から聞いた下女を、直接見ておきたかった。
夕鈴は素直に人を信じてしまう。おまけにお人好しだ。
比べて僕は人の裏を探る事に関しては彼女より数段長けている。
勿論それが良いとも悪いとも思わない。僕が生きてきた世界では必要な能力だったから。それに今回のような場合は、夕鈴を護る為に役立つだろう。

流石に王が掃除婦を構う姿をあからさまに見せるわけにもいかず、水場から回廊を一本曲がった辺りへ向かう。
既に夕鈴も来ているのか、近付くに従って軽やかな話し声が聞こえてきた。
「じゃあ、章安区の市の南に出る蒸し饅頭屋さん!あそこは結構穴場なのよ」
「知ってる知ってる!あそこは餡が他の所のより味があって美味しいわよね」
「ああん、知ってたかあ。じゃあね、大通りの北側にある飯店の点心!」
「え、それ知らない!何処のお店?」
下町の穴場でも教えあっているのか、楽しそうな声が響く。
様子を窺えば、成る程夕鈴と然程歳も変わらなそうな娘がいた。
王宮ではあまり見られない賑やかさに周囲の静寂さが際立つ。

用心深く下女を探りながら、僕の目はどうしても夕鈴に吸い寄せられてゆく。
目の前の彼女は、僕といる時よりも活き活きとしているように見えた。
節度は保っているものの、変な遠慮はせずに気持ち良い程ずけずけと言い合う。
豊かな表情はいつもより素直に心を表し、些細な事にも声をあげて笑っている。
―――本来の夕鈴はこうなのだと思い知らされた気がして、胸がちくりと痛んだ。

僕は、どれだけ君に無理をさせているのだろう。

壁に背を預け天を仰ぐ。
日陰にいる筈なのに、薄曇りの日差しさえ眩しく感じて手で目を覆った。

必ず夕鈴を手にいれると決めている。
迷う事も悩む事もない。
だが、いつか彼女が後悔するのではないかと時折不安が過る。
僕の手を取るんじゃなかったと、帰るべき場所へ戻ればよかったと、夕鈴がそう思った時に僕はどうすればいいのだろう。
素直に僕を詰ってくれるならまだいい。
でももし夕鈴が一人で悩み、思い詰め、笑ってくれなくなったら。

笑っていて欲しい。
幸せでいて欲しい。
大切に囲って、僕の掌の上で元気に跳ね回っていて欲しい。
その願いが強ければ強いほど、自分の中に巣食う闇が厭わしくなる。

最初から判っていた。
君に相応しいのは僕ではない。
君はよくバイトだからと、雇われた身なのだからと言うが、僕こそが君に相応しくないのだ。
君は陽の光の下、何の憂いもなく生きて行くべき人間だ。
素直で無垢な心のまま、綺麗な世界に住むべき人なのだ。
汚れた過去を持つ僕なんかに関わる必要などなかった筈だった。
それでももう手放せない。

「本当に、とんでもないのに気に入られちゃったね」
自嘲気味に呟いた言葉は、冷たい冬の風に攫われ掻き消されて行った。




二人の様子を窺いながらも僕が自分の想いに囚われている内に、娘は夕鈴に軽く手を上げ自分の持ち場に戻って行った。
短い時間だが、見た限りでは分別も普通にある極一般的な娘のようだ。
相手を探るような眼もしなければ、夕鈴が話さないことまで聞いたりもしない。
ただ慣れない王宮で、同じ下町出身の若い娘を見つけて嬉しくて話をしている。そう見えた。

「あれ、陛下?どうしたんですか、こんな所で」
娘と別れ、空の桶を手に持った夕鈴が僕を見つけて駆け寄ってくる。
「ちょっと休憩。夕鈴の顔を見に来たんだ」
今までの想いを綺麗に隠しにっこり笑うと、夕鈴は少し慌てて僕の衣を握った。
「やだ、冷たくなってる・・・教えてくださればいいのに。―――って、王様が掃除婦に声を掛けるのは不味いですよね。すみません」
心配そうな顔で僕を見上げる夕鈴の方が余程寒そうだ。
鼻は可愛らしく赤くなっているし、指先も耳も同じように真っ赤になってしまっている。
自分よりもまず僕を気に掛けてくれる夕鈴に、ささくれだった気持ちが癒されてゆく。
「僕より君の方が寒そうだよ」
手を取れば思った以上に冷たくなっていて眉を顰めた。
そのまま引き寄せ、緩く抱きしめて彼女の手を自分の頬に導く。
「こんなに冷えて」
「ちょ、何するんですか!」
頬に触れる直前、夕鈴が慌てたように手を引いた。
「え?温めようかと思って」
「駄目ですよ、冷たいんですから!」
「うん、だから温めようとしたんだけど」
赤くなった鼻に負けない程頬を染めた夕鈴が僕の腕の中でもがき出す。
「私はこれ位平気ですよ」
相変わらず思い通りにならない夕鈴に苦笑が漏れた。
でも、そんな君も可愛らしい。
「―――先刻の人が、昨日夕鈴が言ってた下女?」
片手で抱き上げながら聞くと、夕鈴は小さく「ぎゃっ」と声を上げた。
「降ろしてください!王様が掃除婦を抱き上げるなんて、もし誰かに見られたら・・・」
困った顔をしているが、暴れようにも未だ桶を持っているし僕はわざと体を支えていない。
不安定な夕鈴は、僕の肩を片手できゅっと掴んだ。
「夕鈴、凄く楽しそうだった」
「え?あ、はい、彼女と話をするのは楽しいです」
「・・・僕といるより?」
しょんぼり見上げれば夕鈴は慌てて僕を慰めにかかる。
君がどう反応するのか解っていて敢えて言う僕はやはり狡いのだろうな。
「そっ、そんな事ありませんよ!陛下といる時だって勿論楽しいです」
「―――本当?」
「本当です!彼女は女同士だから色々話も弾みますけど、私は陛下といる時のほうが、う、嬉しいですから!」
「―――そっか。僕も夕鈴といる時が一番嬉しいよ」
望んでいた言葉を引き出せて、心の何処かに残っていた先程の不安が僅かに薄れる。
にっこり笑いかけると、夕鈴も少し恥ずかしそうに笑ってくれた。




夕鈴を送り届け、名残惜しいが政務に戻る。
待ち構えていた李順は僕だけが判る程度の目配せをしてきた。
何かあったのか。
表面には一切出さずに執務室へ場を移すと、一人の隠密が既に控えていた。
「昨日浩大から調査を命じられていた者です」
そう言いながら李順は眉間の皺を深くした。
―――官吏がまだいる時間にわざわざ報告すると言う事は、あの娘、もしくはその周囲で良からぬ事があるのだろう。
下女の一人がどうなろうと知ったことではないが、そのせいで夕鈴が悲しむのだけは避けなければならない。
「聞こう」
目を細めて促すと、隠密は一礼をとった後報告を始めた。
「件の下女は章安区にある商家の娘にございます。羽振りが良いとは言えませんが、それなりに大きく、長く続いている店です。家族は両親と兄が一人。親は良心的な商いをすると評判のようです」
聞いている限りでは特にやましい事がありそうにも思えない。
人の良い両親に真面目に育てられた娘という所か。
「半年程前に親の勧めで知り合った下級役人の男と恋仲になり、退宮後には―――」
「詳細は書面で結構。要点を簡潔にお願いします。陛下はお忙しいのですから」
口頭で丁寧に報告する隠密を李順が窘める。
「は。両親、男は至って善良なのですが、兄が少々悪い輩に唆されていまして。不正に、巻き込まれております」
「どのような?」
「先だってから陛下のご命令により調べていた、例の公金横領です」
そこまで聞いて、成程と納得する。
評判などは半日もたたずに調べられるが、人柄までとなれば昨日命じて今日報告というのはあまりに時間が短すぎる。
元々調べていたからこれだけ早く報告が上ってきたのだろう。
「あの件ですか・・・巻き込まれてと言うのは?」
「恐らく全容は知らされていないのでしょう。ですが、単純に情報を辿ると全てその商家が出所になるよう仕向けられていますし、実際連絡役はさせられていたようです」

今回の不正は半月程前から李順が取り仕切って調べていたものだ。
わざわざ王の側近自ら乗り出したのは、少々金額が大きいからだった。
しかも主犯は前々から怪しい動きをしていた大臣である。
そこそこ使えるので証拠が掴めるまで泳がせていたが、今回の件で失脚は間違いない。
それに伴い、町に巣食う膿も徹底的に排除するつもりで李順は動いていた筈だ。
いくら巻き込まれたとは言え、何かしらの罰が下るのは明白だろう。
そうなれば当然店や家族もただでは済むまい。

・・・別に、下町の商家が不正に巻き込まれ潰れて行くのに心は動かされない。
商売をやっている以上、人との駆け引きは必須なのだから、騙されたのは自業自得と切って捨てられる。
善良であるが故にと思えば少々惜しいが、それだけの感情しか持てなかった。
だが夕鈴はそうは思わないだろう。
不正に関してはいい。彼女も嫌っている。
でも親しい人間の家が不幸になれば悲しむのは簡単に予想できた。

「そのまま暫く泳がせておけ。何かあれば報告を」
僕はそう言い隠密を下がらせると、李順にいくつか指示を出した。
それを聞いた李順が青筋を立てながら引き攣った笑みを浮かべる。
「ぁんの小娘・・・!このくそ忙しい時にっ!」
「―――夕鈴には知らせるな」
「心得ておりますとも!すぐに話を通して必要書類を揃えて参りますっ」
僕が冷たく睨む中、李順は心底嫌そうな顔をしながら執務室を出て行った。




三日の後。夜後宮を訪ねると、夕鈴はどことなく寂しそうに笑って出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、陛下」
そう言う夕鈴を緩く抱きしめる。
「今日の君は儚げでいつにも増して美しいな」
言った言葉も嘘ではない。
元気な君がふとした拍子に見せる憂い顔はかなりの衝撃だ。
愛しく、弱々しく、この腕に囲って慰めたくなる。
でも、その顔は君には相応しくない。

原因は判っている。
件の下女が今日退宮したのだ。
ここ最近楽しそうにしていた分、寂しさもひとしおなのだろう。
僕は夕鈴を抱き上げると、片手を振り人払いをした。

侍女が下がるのも待たずに長椅子に座り夕鈴を膝に乗せる。
抱きしめた辺りから頬を染めていた夕鈴は、袖で口を押さえながら暫く固まっていた。
そのいつも通りの表情に安堵する。
額に口付けを落とせば余裕がなくなるのも知っている。
僕は笑いながら、あわあわと言葉にならない声を上げる夕鈴の髪を撫でて宥めた。
「も、もうっ。侍女さん達はいないのにっ」
「うん、でも夕鈴が温かくて気持ちいいからつい」
「ついって・・・!それにち、ち、ち、ちゅってする意味が判りませんっ!!」
変わらず袖口で口元を隠しながら、片手で僕の衿を握る真っ赤な夕鈴にくらくらする。
どれだけ可愛らしい顔をしているのか本当に知らないのだろうか。
「だって夕鈴がそんな顔するから・・・」
「そんな顔って何ですかっ!慌ててるのが面白いんですかっ!?」
興奮し始めた夕鈴がきぃぃと唸りながら怒り出すのも見ていて楽しい。
だが折角二人でいるのに怒らせておくのももったいないな。
いつでも夕鈴には笑っていて欲しいのだから。

どうしたものかと考え始めた時、ふと先日の約束を思い出す。
今日は昼間からよく晴れていた。
空気は冷たいが、その分星はよく見えるだろう。
まだ然程遅い時間でもないし、二人でゆっくり楽しめそうだ。

僕は未だぷりぷり怒る夕鈴の項に手を添えると、こつんと額を合わせて言った。
「ね。この間の約束、覚えてる?」
一瞬固まった後、恥ずかしそうに僕を見上げる夕鈴が可愛らしくて仕方がない。
「えっと・・・星、ですか?」
「うん。今日は晴れてたし、見に行かない?」
手を緩め少し距離を置くと、なんとか余裕を取り戻した夕鈴は嬉しそうに笑ってくれた。
「はい。あ、でも陛下の上着を持ってきてもらわないと・・・」
「僕は大丈夫。でも夕鈴は何か着ないと寒いね」

下げたばかりの侍女を呼び、夕鈴に厚着をさせる。
「妃に風邪をひかせぬよう、充分に支度を」
冷たくそう言った僕の言葉に怯えた侍女は、普段の夕鈴から考えれば有り得ないほどもこもこと着込ませてきた。
「あの・・・さすがにこれはちょっと歩きにくいかも・・・」
侍女に遠慮するように異を唱える夕鈴が困っていて吹き出しそうになるのを何とか堪える。
実際に歩きにくいのだろう。ひょこひょこと必死に歩く姿がまた可愛らしい。
「では、これなら良いか?」
そう言って片手で抱き上げれば君は途端に慌てだす。
「ちょっ、陛下っ?」
「君を抱いていれば私も温かい」
頬をひと撫でし反論を封じると、供を断り夕鈴を連れ出した。




暫く回廊を進み人気がなくなった頃、僕は耐え切れずにくすくすと笑い出す。
「もうっ!これでも侍女さん達が気を遣ってくれたんですよ!?確かに動きにくいですけどっ」
「ごめんごめん。でも、もこもこしてて柔らかいよ」
にっこり笑いながら、頬を膨らませてしまった夕鈴の抱き心地を堪能する。
元々夕鈴は柔らかいが僕からすれば少々細すぎる。
無遠慮に抱きしめたら折れてしまいそうだ。
「あ、あのっ!あんまり力入れないでください。なんか太ったみたいで気になるんですよ・・・」
「えー?そのままでも勿論可愛いけど、君はもう少し太ってもいいよ」
「なっ、嫌ですよ!重くなったら動きにくくなるじゃないですか」
「動きにくくなったら僕が運んであげるから大丈夫」
「そんなの、余計太るじゃないですかー!!」
腕の中できぃきぃ騒ぐ夕鈴を楽しみながら階段を登っていく。
その頃には行き先が庭ではないと気付いたのだろう。彼女はきょろきょろと周囲を見回して不思議そうに首を傾げた。
「あれ?どこ行くんですか?」
「ん?折角だから星がよく見える所。でも、李順には内緒だよ」
「はあ・・・?」
上の階の回廊を少し進んだ所で一度夕鈴を降ろし、僕は欄干を超え屋根へと降りた。
「陛下っ!?」
慌てて駆け寄る彼女に手を差し出しにっこり笑う。
「おいで」
夕鈴は一瞬ほっとした表情になった後、恐る恐る手を出してきた。
さすがにお転婆な彼女でも、夜屋根に降りるのは少々怖いらしい。
「僕がいるから、大丈夫」
その言葉に後押しされるように僕の手を取った夕鈴を抱き上げると、外へ連れ出した。
元々ここの屋根は他と違って傾斜が殆どない。
万が一転んでも落ちる心配もないし、僕が一緒の時にそんな事は絶対にさせない。

「わあ・・・すごいですね。なんだか吸い込まれそう」
夕鈴は満天の星空に魅入られていた。星に負けないほど目を輝かせて。
その様子に満足すると壁を背に座り、手を引いて夕鈴を足の間に座らせる。
後ろから抱きしめれば既に赤くなった耳が目の前にあった。
「陛下、いつもこんな所から星見てたんですか?」
恐怖心が勝るのか、何時にも増して大人しくしている夕鈴の肩に顎を乗せる。
「星はあまり見たことないな。ここにはたまに来てたけど」
「そうなんですか・・・でも凄い綺麗ですね。いつもより星が近く感じられます」
白い息を吐きながら見上げた夕鈴は、僕の肩に頭を預けるように腕の中に納まった。

るる産リク2


君がいるだけで、何故こんなにも星が綺麗に映るんだろう。
冷たい空気も、眼下に見える篝火も、いつもなら何も感じられないそれら全てが好ましく思える。
―――君は、どれだけの温もりを僕に教えてくれるのだろう。
ただここにいて笑ってくれるだけで、僕の世界は彩られる。
君と星を見たのは初めてじゃないけど、この先何度繰り返されてもきっと新鮮に感じられるのだろう。

「彼女もこの星を見てるのかな・・・」
不意に零れた言葉に、抱きしめる腕に力が入る。
「やっぱり、寂しい?」
真っ赤な耳に触れるほどの距離で囁くと夕鈴は振り返り、あまりの近さに一瞬固まった後顔を真っ赤に染め上た。
「知ってたんですか」
「うん」
再び星を見上げ、夕鈴は独り言のように呟いた。
「でも、好きな人と一緒なんですから、きっと幸せですよね」
少し寂しげに、だが穏やかに微笑むその姿に胸が締め付けられる。

例の下女は、事が露見する前に恋人である下級役人と遠方に逃がした。
いや、逃がしたと言うのは少々御幣がある。
男に西への赴任を命じただけだ。三日の内に出立するという条件付きで。
下女を連れて行くか否かは男が決めた事。
明日には大々的な捕縛劇が繰り広げられるだろう。
忙しい中手配をさせた李順には文句を言われたが、僕が夕鈴の為にできるのはこれくらいしかなかった。

「―――夕鈴も、好きな人と一緒なら幸せ?」
例えば、君には相応しくない後宮でも。
「何処にいても、笑っていられる?」
例えば、君には相応しくない僕の隣だったとしても。
もし、僕を好きになってくれたら、君は笑っていてくれるの?
僕の周りは重責や陰謀で溢れ返っている。
そんな中でも君は、今までのように笑ってくれる?

僕は、君に―――笑っていて欲しいんだ。

「・・・幸せですよ。笑っていられます」
暫くして夕鈴は、遠い目をしながら答えた。
「好きな人といれば幸せに決まってます。だから何処に行っても、どんな目に合っても、きっと笑っていられますよ」
「何処でも、どんな目に合っても?」
「そうです。だって好きな人と一緒にいられるんですから、苦労するのも幸せの内ってもんです!」
力強く言い切る夕鈴に魅入られる。

そうだったね。
君は元々身分や条件で人を見たりしない。
見返りを求めたりしない。
だから、誰かに依存して自分が幸せになろうなんて思っていないのだろう。
素直な気持ちのまま、好きな人の傍にいるのが幸せだと言うのか。
何処にいても例え苦労しても、それも幸せの内だと。

君が笑っていられる場所をこの王宮に、後宮の中に築きたかった。
憂いを取り除き、醜い現実から隠し、僕が作った君の為だけの世界で大切に護りたいと思っていた。
君を、そして君の笑顔を。

でも君はただ護られるだけの存在ではない。
僕ですら容易に変えられないその強い意志で、必死に自分が誰かを護ろうとする。
きっと君にしか出来ないやり方で好きな相手もその想いも護ってゆくのだろう。
嫌な事があっても辛い事があっても今まで通り笑いながら。
それはとても夕鈴らしい本質で誰にも変えられないと思えた。

迷いはもうなかった。悩むことも。
必ず君を手に入れると決めていた。
だが不安はそこかしこに潜んでいたのだ。
でも君はそんな僕の気持ちには気付かない癖に、当たり前のように僕の想いを不安から護ってくれる。

「やっぱり夕鈴はかっこいいよ」
「は?どうしたんですか急に」

僕はそれには答えずにっこり笑うと、もこもこと温かい夕鈴を抱きしめた。






*-*-*-*




ありがとうございました\(^o^)/







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