しーそーげーむ 【そのいち】 

原作寄り
黎夕
臨時花嫁設定


お話:ぴいこさん
絵:ダリ子/からあげさん


《しーそーげーむ》


「お妃ちゃんみーっけ」
不意に声を掛けられて、夕鈴は弾かれたように顔を上げた。そして再び顔を伏せる。その瞳は兎の様に赤い。

月さえも雲が隠してしまった暗い夜。夕鈴は、後宮立入禁止区域の部屋の隅っこに小さくなってしゃがみ込んでいた。

浩大は窓から室内へと身体を滑り込ませると、夕鈴の隣で胡座をかく。
「やー。良かったヨ。また家出とかじゃなくてサ。……まあ、へーかは家出だと思ってるみたいだけど」

夕鈴は、何も言わずに聞いている。

「で、またへーかに噛み付かれたの?」
その浩大の言葉に、夕鈴の耳が真っ赤になったのは、先程の事を思い出したからだ。

今日は、一段と機嫌が悪いみたい……

お茶を淹れながら、夕鈴はちらりと黎翔の方を見た。人払いをしてもう随分経つというのに、眉を顰めて黙り込むその姿は、不機嫌な狼そのものだ。
夕鈴はお茶を出し、一緒に飲みながら他愛のない話を続けた。今朝見つけた花の事、おやつに食べた美味しいお菓子の事、立入禁止区域の床をぴかぴかに磨き上げた事……
それらは、今どうしても伝えたかった訳ではない。そうやって話し続けて居ないと、狼の空気に飲み込まれてしまいそうだったからだ。

しかし、次第に話題も尽きてきた。黎翔からの相槌も無く、一方的に思いつくままに口にしているのだから仕方がない。

夕鈴は必死に話題を探す。そしてついには、天気の話しか無くなってしまった。

「今日は風が強かったですね」

その時、ぴくんと黎翔の眉が動いた。

「私、大事な書類を飛ばされそうになっちゃいました」

黎翔は、拳を握り締める。昼間に見た光景が、忘れたくても鮮やかに蘇る。

黎翔が政務室を抜け出してようやく見つけた夕鈴の姿。昨日逢ったばかりだというのに、逢いたくて仕方がなかった。たまたま通りかかった回廊で、夕鈴は中庭を挟んだ反対側を歩いていた。そして、その隣には自分ではない誰かがいた。
あれは官吏の誰だったか。大方、書庫へと荷物を運んでいるところを見つけた夕鈴が、手伝うと言いだしたのだろう。そこへ強い風が吹いた。
風が悪戯に運んだ木の葉が、官吏の頭に乗る。それに気がついた夕鈴が、それを取る。たったそれだけだ。だが、夕鈴が自分以外の誰かに触れた、それだけでこんなにも心がかき乱されてしまうのだ。

黎翔は依然黙り込んでいる。話す事が無くなった夕鈴は、立ち上がった。そして、黎翔の茶杯へと手を伸ばす。今日は手もつけていない。

「お口に合いませんか?違うお茶を淹れて来ますね」

その手を黎翔が掴んだ。
突然の事に驚く夕鈴。黎翔は強引にその手を引き寄せる。

「この手が触れるのは、私だけであればいい」
「え?」

指先に唇を寄せたまま見上げられ、夕鈴は胸が締め付けられる思いがした。

黎翔は、夕鈴の戸惑いにまで気が回らなかった。頭に有るのは、ただ自分以外に触れた指先だけ。
黎翔は、夕鈴の指先にそっと口付ける。
「陛下?!」
夕鈴が驚いて逃れようとする力など、黎翔には微々たるものだ。黎翔は、唇を離さない。
その指先に残る全ての記憶を消してしまいたい。そして、自分だけを刻み込みたい。

0914-1


「痛っ!」

黎翔は、夕鈴の小さな悲鳴にはっとして手を離した。いつの間にか、無意識に歯を立ててしまっていたのだ。

「へ、陛下……。なんで……」
夕鈴は、わなわなと震えている。
正気に戻った黎翔は、慌てて弁解しようとした。
「夕鈴!ごめんっ!これは……、その……」
追いかける黎翔。後退りする夕鈴。駆けつける女官。
そして、黎翔の覚えた既視感の通り、夕鈴は部屋を飛び出し、今に至るというわけだ。

(あー、なんでへーかは待て出来ないのかナ~。せめて途中で思いとどまるとかサ)

一部始終を見ていた、浩大は苦笑いを浮かべながら言う。

「もうさ、こうなったらへーかに噛み付いちゃえば?」
「え?」

夕鈴が顔を上げたので、浩大はホッとして言葉を続ける。

「負けっぱなしで逃げてばかりなんて釈ダロ?」

毎回後を追わされる身にもなってほしーし。という心の声は飲み込む浩大。

夕鈴は、じっと床を見つめている。その瞳には力強さが溢れている。

「…………そうよね」
「そーそー」
「そうだわ!負けてばかりではプロの妃失格よね!」
「……ん?」
「ありがとう!おかげで気合が入ったわ!」

握り拳で立ち上がる夕鈴。そのまま元気に部屋へと戻って行く。

夕鈴の気合がおかしな方向に向かっているのを、浩大はひしひしと感じていた。
(なんか余計な事言ったカモ?!)
しかし、直ぐにまあいいかと思い直す。命じられたのは、夕鈴を迅速に見つけ出し、安全に部屋まで連れ戻す事だ。その任は、無事果たされた。
浩大は報告の為に、黎翔の元へと向かった。

翌日。夕鈴の心は晴れやかだった。

いつまでももう負けてばかりではいない。いざとなったら。

そう思う事で、心の余裕が出来たのだ。

一方、黎翔は昨夜の事を後悔し落ち込んでいた。どうしたら、夕鈴に許してもらえるのだろう。もしも、許してもらえなかったらどうしよう。そんな事で頭がいっぱいの黎翔は、政務室で怒気を撒き散らす。
そこへ夕鈴がやって来た。いつも通り、いやそれ以上ににこやかな夕鈴を見てほっとした反面、黎翔の心は複雑だった。

晴れやかな夕鈴。
少しずつ曇って行く黎翔。

夕鈴が官吏に愛らしい笑顔を向ける様子に、黎翔はつい邪魔をしたくなってしまう。しかし、もう夕鈴を怒らせたり泣かしたりなど、したくない。握り拳でじっと我慢だ。

元気に動き回る兎。
黎翔が必要以上に構わないので、いつもよりもより生き生きしているようにも見える。

悶々とした思いを募らせていく狼。
夕鈴不足が積み重なるが、我慢だと自分に言い聞かせる。

狼は、「よし」のかからない待てを続ける。

たとえ、夕鈴の部屋でのお茶の時間であっても気は抜けないのだ。

「お茶をどうぞ」
「ありがとう」

卓で待っていた黎翔は、茶杯を受け取るとぐいっと一気に飲み干し、そそくさと長椅子へと移動する。
夕鈴不足の自分が今、夕鈴の近くにいるのは色々とまずい。
黎翔は、そう思って距離をとったのだ。そして、ぽかんとしている夕鈴に言った。

「喉が渇いていたんだ。夕鈴はゆっくり飲んでね」
「はあ。……あ、お茶菓子はどうされますか?」
「今日はいい。ありがとう」

これだけ離れていれば、大丈夫。

そう思っていたのに、無防備な兎の方からのこのことやって来た。

「どうかなさったのですか?」
「いや、何も?」

黎翔は目を反らす。せっかく逸らしていると言うのに、その真意を知らない夕鈴は、黎翔の前に回って顔を覗き込む。

「私に言えないことですか?それなら、無理には聞きません。けど、私に出来ることがあれば、いつでも言ってくださいね?」

あぁ。どうしてこうなんだろう。

いつでも自分が欲しい言葉をくれる夕鈴を、黎翔は無意識に引き寄せ抱き締めていた。

「陛下?」
夕鈴は、戸惑いつつもそっと黎翔の背中に手を回す。黎翔は、その温もりと柔らかさをもっと強く感じたかった。もっと、もっと深く……

身体を預けている夕鈴を、長椅子に横たわらせる事など造作もない事だった。
黎翔は、夕鈴の乱れて顔にかかる髪をそっと横に流して、頬を撫でる。見下ろした夕鈴の瞳は、戸惑いに満ちていた。狼への恐れも混じっているのだろう。そんな、夕鈴の手がそっと動く。先ほどの様に、抱きしめようとしているのだと分かった。

もしもこのまま、夕鈴の優しさに溺れてしまったらーーーー

きっと自分をもう止める事など出来はしない。そんな自分に抗う様に、夕鈴の手を掴んで長椅子へと押し当てる。

そこで我に返った。このままでは、先日の二の舞になってしまうと、黎翔は慌てて立ち上がる。

「すまなかった」

黎翔は、夕鈴の顔を見ることなく歩き出した。

「待ってくださいっ」
夕鈴は混乱していた。狼の気迫に呑まれそうになっていたのは事実だ。けれど、良いように翻弄されるだけでは嫌だった。何かに悩んでいる陛下の力になりたい。
その時、浩大の言葉が頭を過ぎった。いつも負けてばかりではないと分かったら、少しは陛下も自分を頼ってくれるだろうか。
夕鈴は、そんな思いで黎翔の着物を掴んだ。慌てていたので、夕鈴は足がもつれて前のめりになってしまう。

「夕鈴?」
驚いた黎翔は振り返り、夕鈴の体を支える。夕鈴の力と、黎翔の動きで着物が肌蹴て肩がのぞく。

夕鈴は、そこに噛み付いた。文字通りに。

0914-2


「…………え?」

黎翔の小さな声に、夕鈴は我に返り、「ごめんなさいっ」と自室へと逃げ込んでしまった。

もちろん、浩大が言ったのは比喩だ。本気で噛みつけと言ったわけではない。
けれど夕鈴の行動は、黎翔に喝を入れるのにはうってつけであった。

部屋に一人残された黎翔は、肩を抑えてうずくまっていた。肩に残る、柔らかな感触と甘い痛み。

夕鈴が、私の肩に口づけを?!

知らず知らず、口元から笑みが零れる。
自分を励ますためとはいえ、まさか肩に口づけだなんて大胆な行動に出るとは思わなかったな。それに、勢いが余って歯が当たってしまうとは、なんとも愛らしい。
黎翔は、夕鈴の噛みつきをそう解釈した。

晴れやかな黎翔。
自分の行動が今更ながら恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして逃げ回る夕鈴。
それを追う黎翔は、余裕に満ち溢れている。

狼が優勢なのも今のうち。
数刻後には、兎キックで情勢がひっくり返ることを、狼はまだ知らない。



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